高砂一門総出演映画『土俵物語』

昭和30年代は高度成長期を背景に空前の映画ブームでした。力士が主演の映画もいくつか作られましたが、大映制作『土俵物語』は、新入幕力士房錦が白星を積み重ね、父・式守錦太夫の軍配で勝ち名乗りを受ける父子の感動物語です。房錦は、私が若松部屋へ入門した時の師匠で、千葉県行徳の出身。行徳中学では野球部で活躍し、佐倉中学の長嶋茂雄とは同学年で千葉中学野球の双璧と競い合うほどだったそうです(本人談)。入門時は新弟子検査に合格できないほど小さかったらしく、1年ほどタダ飯を食わせてもらった後、検査に合格したと話していました。そういう経緯もあって、身長の足りない私の入門も認めてくれたようです。

朝潮に胸をだしてもらう房錦

映画が撮影されたのは昭和33年2月で監督は村山三男。蔵前国技館正面玄関前にそびえ立つ櫓と幟の映像から始まり、カメラは館内へと入り、幕内力士の取組が映し出され、房錦が花道を控えへと入ってきます。裁く行司は父である式守錦太夫。NHK志村正順アナの名調子が流れ、土俵を見つめる房錦の少年時代の回想シーンへと画面は変わります。羽黒山、照国、東富士の横綱土俵入りに2階席から声援を送る中学生時代、父母の反対を押し切って入門した新弟子時代、ここでは4代目当時の高砂部屋の稽古場が映し出され、元横綱前田山の高砂親方と元鯱ノ里の若松親方が上がり座敷で見守る中、房錦の新弟子時代を演じる役者に稽古をつけるのは島錦、大田山といった当時の幕内力士です。場面は変わり、成長した幕下時代から本人が演じ、巡業やちゃんこ、洗濯の風景と当時の下積み修行のつらさが描き出され、途中里心つき、すかして(脱走)実家へ戻る場面も。父に諭され、部屋に戻り猛げいこに励む姿。横綱朝潮(撮影時は大関)が房錦に胸を出し可愛がるシーンと続きます。

蔵前橋を渡り帰路につく親子

画面は再び父が裁く土俵上に戻り、時錦と対戦しますが惜しくも敗れ、その後もう一番父の裁きが巡ってきた双ツ龍戦を見事に勝ち、父からの勝ち名乗りを受けます。病弱の母親や支援者が涙ながらに喜ぶシーンでクライマックスを迎え、支度部屋へ戻った房錦の周りを、朝潮、若前田、大田山、島錦、宮錦、及川、岩風といった高砂一門の関取衆が取り囲み口々に祝います。そして、父錦太夫の姿も。父子が肩を並べて蔵前橋を渡り、隅田川が画面いっぱいに広がり完結となります。

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